企業が知っておくべき「治療と就業の両立支援」とは?進め方と環境整備のポイント
深刻な少子高齢化と人口減少に直面する我が国において、何らかの疾病を抱え、通院しながら働く従業員の割合は年々上昇しています 。近年の医療技術の進歩により、かつては「不治の病」とされたがんなども生存率が向上し、「長く付き合う病気」へと変化しました 。
企業には、大切な人材が離職することなく、治療と仕事を両立できるよう適切な支援を行うことが求められています。
本記事では、厚生労働省の「治療と就業の両立支援指針」をもとに、企業が取り組むべき具体的なステップや環境整備のポイントを、社労士の視点から詳しく解説します。
1,なぜ「治療と就業の両立支援」が必要なのか?
現在、高齢者の就労増加などを背景に、通院しながら働く労働者は確実に増えています。
例えば、日本人の就労世代では約7人に1人ががんに罹患すると推計されており、病気は決して他人事ではありません。
事業主には、就業によって疾病が増悪することを防ぎ、治療との両立を支援するために、適切な措置を講じることが求められます。
この取り組みは、従業員の健康確保という基本だけでなく、企業側にも多くのメリットをもたらします。
継続的な人材確保や従業員のモチベーション向上による定着率のアップ、生産性の向上はもちろんのこと、健康経営の実現や、多様な人材の活用による組織の活性化、そして企業の社会的責任を果たすことにも直結するのです 。
2,まずはここから!両立支援のための「環境整備」
いざという時に円滑な支援を行うためには、事前の環境整備が欠かせません。
以下のステップで準備を進めましょう。
基本方針の表明とルール化:
まずは事業主として両立支援に取り組む「基本方針」を明確にします。
その上で、対象者や対応方法などの「事業場内ルール」を作成し、すべての労働者に周知することで、気兼ねなく支援を受けられる職場風土を醸成します。
相談窓口とプライバシーへの配慮:
従業員が安心して相談できるよう、相談窓口を明確にします。
病状などの健康情報は機微な個人情報であるため、本人の同意なしに取得しないこと、取り扱う者の範囲を限定するなどの情報管理体制の整備が必要です。
柔軟な制度の導入:
各事業場の実情に応じ、以下のような制度の導入が推奨されます。
休暇制度:
1時間単位で取得できる年次有給休暇や、法定外の傷病休暇・病気休暇。
勤務制度:
通勤負担を減らす時差出勤制度、短時間勤務制度、在宅勤務(テレワーク)のほか、長期間休業していた従業員の円滑な復帰を促す「試し出勤制度」。
関係者の役割整理と研修:
支援を申し出た労働者に対し、人事労務担当者、産業保健スタッフ、上司などがどう連携するか手順を整理し、管理職等への研修を通じて意識啓発を行います。
3,実務で使える!両立支援の「具体的な進め方」
実際の支援は、原則として労働者本人からの申出からスタートします。
情報の収集と提出:
労働者が主治医から、現在の症状や就業継続の可否、望ましい就業上の措置に関する意見を集め、事業主に提出します。
この際、厚生労働省が定める「勤務情報提供書」や、労働者自らが勤務情報を記載して医師に渡す「両立支援カード」を活用すると、医師が職場環境を理解しやすくなります。
専門家の意見聴取:
提供された情報は、機微な情報であるため産業医等を通じてやり取りし、就業継続の可否や必要な配慮について医学的な意見を聴取します。
就業措置の決定・プラン作成:
産業医等の意見を勘案し、労働者本人と十分に話し合った上で、就業継続の可否を判断します。
就業可能と判断した場合は、「治療と就業の両立支援プラン」を作成し、業務内容の変更や労働時間の短縮、通院時間の確保などを決定・実施します。
長期休業と職場復帰のサポート:
長期休業が必要な場合でも、休業中のフォローアップを行い、症状回復後には主治医や産業医の意見を総合的に勘案し、「職場復帰支援プラン」を作成して復帰をサポートします。
配慮を実施する際は、周囲の負担が過度にならないよう、必要な情報に限定して上司や同僚の理解を得ることも大切です 。
4,個別の疾病に応じた配慮の重要性
症状や治療方法は人によって大きく異なるため、病名だけで「働けない」と安易に判断せず、個別事例の特性に応じた配慮が必要です。
指針で示されている主な疾病別の留意点をご紹介します。
がん:
手術、薬物療法(抗がん剤等)、放射線治療といった三大治療があり、治療の副作用(倦怠感や免疫力の低下など)によって一時的に業務遂行能力が低下することがあります。
治療スケジュールに合わせた柔軟な勤務や、メンタルヘルス不調への配慮も欠かせません。
脳卒中:
発症直後からの適切なリハビリにより、就労世代の約7割がほぼ介助を必要としない状態まで回復し、職場復帰(復職率は50〜60%)が可能になるケースも多くあります。
ただし、記憶力や注意力の低下といった一見して分かりづらい「高次脳機能障害」が残る場合もあるため、主治医の意見を踏まえた作業転換などの配慮が求められます。
肝疾患:
自覚症状が出にくいため、症状がない段階でも通院による治療や経過観察が必要です。
治療を中断すると悪化の恐れがあるため、通院への配慮が重要です。
難病:
日によって症状や体調が変動しやすいという特徴があります。
疲労が蓄積しないよう休息を取りやすくする配慮や、定期的な通院への柔軟な対応が望まれます。
心疾患:
病状によっては、重量物の運搬、暑熱環境、深夜勤務、長時間の残業など、身体負荷の高い業務を避ける必要があります。
主治医への勤務情報の提供が特に重要です。
糖尿病:
適切な治療がなされていれば特段の就業制限は不要ですが、自己注射のための衛生的な環境の確保や、食事の時間がずれることで起こる「低血糖」への対応(間食を認める等)など、業務に影響が出ないような配慮が必要です。
5,活用したい外部の支援制度・機関
両立支援を自社内だけで抱え込む必要はありません。
外部の支援制度や専門機関を積極的に活用しましょう。
企業向けの助成金:
障害のある有期雇用労働者を正規雇用へ転換する際の「キャリアアップ助成金(障害者正社員化コース)」や、必要な介助者を配置した場合の「障害者介助等助成金」、中小企業向けに産業保健サービス提供費用を助成する「団体経由産業保健活動推進助成金」などがあります。
相談・支援機関:
産業保健総合支援センターは、各都道府県に設置され、専門スタッフによる相談対応や、事業場への訪問支援、労働者と事業主間の個別調整支援を行っています。
治療就労両立支援センター:
全国9つの労災病院に併設され、医療ソーシャルワーカー等が全ての疾病について両立支援を実施しています。
地域障害者職業センター / ハローワーク: ハローワークには「難病患者就職サポーター」が配置されるなど、個々の特性を踏まえた就労支援を行っています。
労働者向けの制度案内:
高額療養費制度や傷病手当金に加え、通院医療費の負担を軽減する「自立支援医療制度」といった経済的支援についても、企業側から情報提供を行うことで、従業員は安心して治療に専念できるようになります。

